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バイオマス化学の歴史

1984年の日経産業新聞にバイオマス関連として「新木材利用科学(中)3主要成分を分離して総合的に利用(未来技術)」という記事が掲載されました。

ウッドケミカルスという言葉は、ペトロケミカルスに対抗する言葉で、石油化学で製造される製品の大部分は、木材を原料としても製造できるもので、将来の石油枯渇にそなえて、人類としては研究しておかなければならないといった発想である。

日経産業新聞記事(1984年7月)より引用

この記事には(未来技術)とかかれています。この言葉は、同じ記事の中では(フロンティアテクノロジー)とも書かれています。石油に依存しないバイオマスリファイナリーを思考し「未来」と名付けたのかと思います。

ウッドケミカルズとペトロケミカルズとは、それぞれバイオリファイナリーとオイルリファイナリーとも言います。「バイオ」と「オイル」の違いはありますが、原料が違うだけで、ともに原料から製品に至るまでの技術体系を示しています。

この日経産業新聞の記事は、いずれ避けて通れない「石油の枯渇」を念頭に、1980年代からみた未来技術としてのウッドケミカルズの確立を願ったものと考えられたものです。この記事を東日本大震災以降の出来事と重ね合わせると、大きな意義を持っていると思わざるを得ません。

バイオマス有効利用技術の体系化

いずれにしても、木材の成分を総合的に利用するもので、一部の成分だけを利用し、その他は廃棄物であるというような以前のパルプ工業のような体系はあり得ない。いずれの方法でも、木材の三主要成分の分離が行われる。酸糖化法では、軽度の加水分解によって、まずヘミセルロースを溶出し、次に主加水分解によって、セルロースをグルコースに変える。残さはリグニンである。

日経産業新聞記事(1984年7月)より引用

1984年から約30年も経過していますが、未だにバイオマスの有効利用技術は体系化されるには至っていません。国内でのバイオアルコール生産は、沖縄の宮古島でのサトウキビの絞りかすからと泉州堺での廃木材から、わずかに生産されているだけで、いずれも市場価格からはほど遠いのが現状です。

バイオマス利用技術の体系化とは

三大成分であるリグニン、ヘミセルロース、セルロースの分離とそれらを原料とした技術体系を意味しています。求められているのは、環境に優しく経済的で再生資源(リファイナリー)として持続的に利用可能にする技術体系です。

1950年代の木材関係の論文には、以下のように記載されています。

第二次世界大戦においてもドイツには木材糖化の5つの工場から酵母を生産して人造肉として食糧不足就中蛋白質不足を補っており、スウェーデンではパルプ工場を動員して飼料繊維素を作り牛の飼料とし、牛の飼育頭数を減少させずに国民栄養を保持し、また木材アルコールを作って国民の飲用のみならずガソリン代用として使用して、第二次世界大戦の中立を守り通した事既に世人衆知の事実である。

石油の輸入が完全に途絶えたドイツでは、セルロースからグルコースへと変換する技術とグルコースを資源とした酵母の大量培養を基本技術してタンパク質の製造技術が実際の工業として稼働していました。また、同様に牛のえさの不足に対応して、パルプの飼料化とバイオエタノール生産も現実として稼働していました。しかし、戦争の終了と共に、これらの技術は非経済的な技術として過去の遺物になりました。

1950年代の日本では砂糖の輸入が困難であったことと、今日的な「石油産業」の萌芽すらない時期に、バイオリファイナリー技術の体系化が行われていました。

バイオマスの分離・分解触媒により、硫酸を用いた「北海道法」と塩酸を用いた「野口研究所法」とに分かれます。前者の北海道法は、稼働後砂糖の自由化がなされ、あえなく操業停止となりました。技術的には優れていたのですが、当時の技術では触媒である、濃硫酸や濃塩酸に耐えられるだけの金属材質やガラスライニング技術が未完成だったともいえます。また、技術だけでなく時代が求めていた石油化学産業にとって変わられたとも言えます。バイオマスの技術が花咲くには、時代の流れと技術水準がともに合致する必要があるのかもしれません。