バイオマスの糖化反応における二大触媒である硫酸と塩酸を取り上げてみたいと思います。バイオマスを原料として糖を得る反応の原点は、1819年のフランス人であるブラコノーとされています。ブラコノーは木材を濃硫酸で処理することで糖を得ました。しかし、大量の濃硫酸から糖を分離回収するのはかなり困難な時代でもあり先駆者としての記録にとどまりました。
バイオマスの糖化反応に用いられる触媒
バイオマス中のセルロースを資源とする糖化技術は、酸触媒として濃硫酸と塩酸の二つが候補としてされました。しかしながら、当時の技術では塩酸よりも硫酸の取り扱いが容易であることから、技術開発は硫酸による糖化反応が研究されたようです。その後、濃硫酸の回収がやや困難なことから稀硫酸を用いる方法が展開されました。これは、硫酸のコストもその一因でありますが酸濃度が薄い分、反応速度が遅くなり生成したグルコースの過分解反応による収率の低下を解決するため、反応速度の向上を目的とする高温条件での糖化反応が研究されました。
濃硫酸によるバイオマス糖化反応は、1933年にドイツで最初の工場が建設され、特に第2次世界大戦中にはタンパク源としての飼料用酵母培養原料やエタノール原料としての糖化反応が実用化されました。しかしながら、戦争終了後にはこのような糖化工場のほとんどが採算等の問題点から閉鎖の道をたどりました。原因はコストだけでなく、当時の化学水準では糖化反応機構を十分に解明できず、最終的に操業率や品質等の問題を克服できなかったと指摘されています。
これに対して塩酸を用いる方法は理論的には優れた面がある反面、反応装置の腐食問題が大きな壁として立ちふさがっていました。塩酸によるバイオマスからの糖化反応は、1856年にベカンプスが始めたのが最初といわれています。塩酸を用いる糖化反応では資源として用いる木材粉末への触媒の浸透率は、硫酸よりも塩酸の方がよいとされ、総合的にも触媒の機能性としては塩酸の方が硫酸よりも2倍程度優れていると指摘されています。塩酸の性質は揮発性であり、濃硫酸と異なり回収率的には理論的には100%可能であり、木材粉末中における塩酸濃度のコントロールが可能かどうかの一点に技術開発の課題が掛かっていたともいえます。
塩酸を用いる加水分解反応速度は、高分子量範囲ではほぼ一定であり、加水分解反応が進行しセルロースの重合度が低下するとともに遅くなる傾向があります。また、反応速度は塩酸の濃度にも依存し、塩酸濃度が38%以下では反応の進行が遅いため、稀硫酸と同様に反応温度を上げる必要性が出てきます。しかし、反応温度が高くなるとせっかく出来たグルコースの過分解反応速度が増大するジレンマに落ちます。硫酸の場合には濃硫酸の回収問題を回避するために稀硫酸へ移行しましたが、塩酸も同様に反応温度上げる必要に迫られ、生成したグルコースの過分解の問題が発生しました。稀硫酸の場合には、過分解が起きない反応温度は160℃程度が限界です。
揮発性を示す塩酸の場合には回収の問題が容易なため、硫酸の場合と異なり塩酸濃度38%以上にあげることで反応速度を増大させる方法をとりました。しかし、反応温度を20℃以下とする塩酸での低温加水分解反応は、高濃度塩酸故の別の問題を発生しました。
問題は、濃塩酸によるグルコースの再重合反応が無視できないほど起こることです。セルロース由来の二糖は通常セロビオースで1-4β結合を取ります。これに対して濃塩酸中で再重合する二糖は主として1-6β結合です。反応方法がバッチ式でのセルロースの加水水分解反応では、加水分解反応によりグルコースが生成し、さらに生成したグルコースの重合生成物が平衡状態になるといわれています。したがって、収率を最大限にするには、反応を前期と後期の2段階に分ける方法が一般的です。
前期加水分解反応では、高濃度の状態で反応を行いセロオリゴ糖段階までの分解を行います。後期段階では生成するセルロース由来のオリゴ糖であるセロオリゴ糖の濃度を下げて、希薄状態で再重合反応を防止してグルコースを生成させる方法が採られました。これらの方法は、反応釜を用いるバッチ式反応ですが、反応生成物を速やかに反応系外へ取り出すことが可能であるならば、生成するグルコースの再重合反応を防止し、グルコースを効率よく生成させることが可能になります。
硫酸法でもグルコース収量の問題は同様で、ショーラー法などの希硫酸法では反応温度が160℃程度と高いため、反応槽自体が耐圧構造を採ると共に、高圧条件下でのパーコレータ方式での操業となりました。生成するグルコースを過分解反応から守るための連続式反応装置を採用する場合には、必然的にパーコレータ方式となるのはある意味で必然でした。
これに対して、濃塩酸法は低温反応であるため耐圧である必要はありませんが、発生する塩化水素ガスの除外装置は必須となります。お話を元に戻しますが、反応塔の最上部に投入された木材片は濃塩酸と共にバイブレータにより徐々に反応塔の下部に向かって落ちてゆきます。濃塩酸中の塩化水素が木材片に浸透すると、木材粉末中の塩酸濃度は木材中に含まれている水分により希釈が進行し、おおよそ20%から30%程度まで下がります。このため、塩酸濃度を再度高めるために第二段階として反応塔下部から塩化水素ガスが吹き込まれ、さらに糖化反応が進行します。
第二段階では反応温度を低く保つための冷却が行われ、吹き込まれた塩化水素ガスや濃塩酸等が木粉中の水分と接触する場合に発生する水和熱により上昇した反応温度をおおよそ20℃程度まで冷やします。塔頂での塩酸の濃度は35%ですが、塔底から出てくる糖化液の塩酸濃度は41%になります。塩化水素ガスの吹き込みは塔底から行うことで、反応全体の塩酸濃度を一定に保ちます。
これらの反応の問題点は木材に含まれる水分含有量が一定でないことです。現在進行中の泉州堺の廃バイオマス処理工場では、廃木材が10トントラックで搬入されていますが、これら木材中の水分含有量は様々で、推測ですが20%から40%程度とかなりの幅を持っていると思われます。泉州堺の工場では、グルコースの加水分解反応は稀硫酸方式をとっていますが、その硫酸濃度調整は困難のようです。反応が円滑に進まない原因はほかにもあり、反応の初期段階で投入した木紛表面で発生する粘度の増大が、加水分解反応薬剤の内部への浸透を妨げる因子として働くことに起因する反応速度の低下もその一因です。